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鎮魂的野球観戦

広島の駅から、マツダスタジアムに向かうやや長くゆるい坂道がある。真っ赤に染まったそこを歩いていると、つい涙が止まらなくなったことがある。道が赤く染まっていたのは、そこに広島東洋カープの赤いレプリカユニフォームやTシャツ、赤いキャップを着用した群衆が連なっていたからだ。
多くの球団の場合、球場に入ってから推しチームのユニやTシャツに着替えるファンの割合が多いというが、たいていのカープファンはおそらく違う。家や職場やラブホなどに居る時点からそれらやキャップを着用したまま球場目がけるのだ(なんでラブホ)。
そのファンの背中それぞれをしげしげと見つめながら坂道を上っていると、涙腺が緩んでしょうがなくなったので、何事かと少し動揺した。もういいおじさんだし。ちなみにに、自身はカープファンであるというわけではない。
そうしながら歩を進めていると、思いついた。
「お遍路さん。」
あれはまるで、白装束ならぬ赤装束に身を包む、巡礼者の列さながらのように思えたのだった。レプリカユニをまとい応援グッズを手に楽しそうに笑いあうマダムたちの笑顔を見ていると、高校の頃地元愛媛でよく見かけた四国八十八か所参りの方たちに、面持ちがよく似ていた(そしてこの集団は、球場に集まるメンツに似つかわしくなく、おばさまの割合が多いのだった)。
しばらくし、神戸に帰り、この出来事を振り返ったと同時に膝を打った。そうか、だってあそこは広島なんだ。原爆でああなったことがある街なんだ。野球など楽しむことなく亡くなっていった人たちがたくさんいる街なんだ。日本はどこ見ても大体戦後の復興の象徴みたいな国なんだけれど、ここで野球の試合が行われるということは、その中でも出色な元祖@復興の象徴なのだ。そしてあのマダムたちは、表向きは野球を見るためにあそこに集合しているが、実際のところあれは、集団的鎮魂の色合いが濃い行為なのかもしれない。
そのなんやかんやに無意識に触れたおかげで、涙が止まらなくなったのかもしれない。それから、とても好んで広島に行くようになった。もちろんカープの試合を見るために。そうなじゃないこともたくさんあるけれどあの地でいまある平和を心いっぱい感じ、それに感謝をするために。亡くなった魂が鎮まるように祈るために。
そして、宮島にも必ず訪れるのだけれど、それはそこでしか食べられない牡蠣を食うためで、あまり厳島神社には行ったことがない。そもそも神社より寺派というのもあるけれども、どうも僕には、球場へ続くあの人々とかの地で亡くなった魂に触れるほうが、霊験あらたかな経験だと感じるからだ。